城下町さいき散策

昔から”佐伯(さいき)の殿様浦でもつ”といわれるほど、豊かな魚介類に恵まれた佐伯
ここの初代のお殿様の毛利高政が1601年に新城を築き、浜を埋め立てて城下町を作りました
鶴が羽を広げているようなので、鶴屋城と呼ばれましたが12年目で落雷の為炎上
その後三の丸御殿が建てられ、立派な楼門が残っています

楼門を正面にして後ろが城山、右に細長く武家屋敷通りがあります
藩のお米蔵の跡が市民の茶室として利用されている”汲心亭”
ここで、お抹茶を頂きました

少し歩くと、”国木田独歩館”があります
イケメンだ
彼は英語の教師としてこの地に招かれここに下宿、城山や佐伯の山野を歩き回ったそうです
一年足らずしかいなかったのですが、後に佐伯を舞台にした”春の鳥””鹿狩”などの作品を残しました]
この道沿いには長屋門や、井戸、昭和の建築物がまだ残ってて、懐かしい風情です
コースの最後のほうに毛利の菩提寺の”養賢寺”があります

ここは臨済宗妙心寺派です
ここは中には入れませんでしたが托鉢に行くお坊さんに出会いました


佐伯にはお魚食べに来るばかりで、こんな歴史の道散策は、はじめてです
町ガイドさんの説明もあり、とてもゆったりとした時間を味わいました


又、ここは海軍航空隊の基地でもありました
第2次世界大戦の発端、真珠湾攻撃の出撃直前の演習基地でもあり、機動部隊の出撃地のひとつでした


ですから、戦争末期は米軍の空襲により、基地は勿論町も破壊されました
それでも、お城の石垣だけはちゃんと残ったそうです
航空隊基地の跡は”佐伯市平和記念館やわらぎ”となって戦争の悲惨さを訴えています
伝えていかなければ忘れ去られてしまう事件や時代
目を背けないで、真実を見聞きし、
二度と愚かな過ちは繰り返さないようにしていかなければなりませんね