山頭火の歩いた、阿蘇・日奈久温泉
水俣も夕べは冷たい雨でしたが、今日は暖かく抜けるような青空!
午前中に墓参り、昼は友人とランチ!
さあ、いい天気、どこへ寄り道しながら帰ろうか?
そうだ、ブログでお邪魔しているBARinさんが
種田山頭火がお好きなので、ちょっとリポート。
山頭火は1882年山口県生れですが、熊本には縁が深いです
1916年34歳で市内下通町で古書店「雅楽多」を開業してますし、坪井町の報恩寺で出家得度、熊本県植木町味取の観音堂守になってます。でも・・・
1926年、山林独住の寂しさ、もどかしさ、そして解くすべのない惑いを背負って44歳から行乞放浪の旅にでました。
”分け入っても 分け入っても青い山”
”どうしようもない わたしが歩いてゐる”
1930年9月10日から熊本県八代市の日奈久(ひなぐ)温泉、織屋に3泊しましたが、
その日記に『温泉はよい、ほんたうによい、ここは山もよし海もよし、出来ることなら滞在したいのだが、――― いや一生動きたくないのだが、』と称賛し、『此宿は、夫婦揃って好人物で一泊四十銭では勿体ないほどである』と記しています。なお、織屋旅館は山頭火が宿泊した全国の旅館の中で現存する唯一の建物です
日奈久温泉は今から約六百年前(1409年)に夢でお告げがあり発見された温泉で熊本 県下で最も古い温泉郷です。参勤途上の島津候もよく利用し、江戸初期には細川家の藩営温泉に指定されました。
温泉街の入口にある種田山頭火と直筆のレリーフです]
(すみません、左の影は、カメラの紐です)
新しくなった温泉センターでゆっくりお風呂と思いましたら、が〜ん、定休日!
でも、あんまりのんびりしていると、溶けた雪が凍り始めるので帰らねば
阿蘇平野から眺めた雪の阿蘇山と向かい合う大観峰
この対比、いいでしょう?
”すすきのひかり さえぎるものなし”
ついでながら、キリコは四国遍路の時、山頭火最後の庵、松山市の一草庵にも足を運びました
さて、帰宅したら、屋根の雪がどかっと落ちておりました
でも、夕べはたぶん山頭火が読んだような情景だったでしょう
”雪へ雪ふる しづけさにをる”