”ひむか”巡行 その5・大御神社の龍

僕だ〜れだ?
これな〜んだ?            
答えは最後にね!


さてさて、まだまだ続く大御神社のびっくり
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新名宮司の記事より(写真はキリコのです)
”平成15年の秋、「さざれ石」が発見されてより、その場所はずっと気になっていた。神座(かみくら)すぐ下の水溜まりである。山からの水がいつも染み出ていて乾くことがなく、うずもれた土がヘドロ状となっていた。いつか掘ってみたいと思いながらも、水が枯れることがなくできなかった。
  ところがどうしたものか、平成23年の正月から4月まで、宮崎は雨が全く降らず田植えさえできないほどだった。水溜りも完全に干上がる。この時と思い、4月12日より掘り始めた。直径3mばかりのくぼみを掘り進めていくと、そのすり鉢状の壁にうずまきのラインが刻んであり、いかにも人工的だ。その中心に長径1m短径75㎝の卵形の石が据えられている。
  さらに窪地の底まで掘り(深さ1.5m)、卵の下部に手を入れてみると隙間があり難なく手が入った。底の方まで完全に卵の形をしている。もちろんこの卵形の石は「さざれ石」礫岩である。丁寧に掘り進めたため3日間もかかってしまった。

(発見時)

 ほどなく、かねてより御縁を頂いていた熊本在住の特定非営利活動法人「日本巨石文化研究所」の武内一忠先生に来ていただいた。先生はいきなり、「これは五千年前の人々が信仰していた証ですよ」と。
 そして、「渦状に刻まれた岩は龍を表し、水溜りは龍の胎盤、溜まれる水は羊水、そこに生命の源を意味する霊(玉)がおさまっている。当時の人々は、この龍神に日々の安寧を祈り、更に後々の世までも幸福をもたらし守護してくださるようにと願ったものでしょう」と。
 この水窪の周りを改めて注意深く見るとひとたび雨が降れば山からの水は滝のごとく落ち、すべてこの水溜まりに流れ込むようにと岩の勾配がなっている。おそらくはこれも当時の人々が計算づくでしたものであろう。”
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キリコ
この卵を抱くように石が長く龍の形に積まれているし
右側には神座に昇る石積みの階段があるんですよ
それも、その階段はまだもう少し地下から続いているらしいのです。
だとすると、この羊水に浮かぶ卵は人の頭上に位置してるんだ!

うふふ、龍さんいるよね

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新名宮司記事
つづいて先生を近くの岩窟(神社から歩いて3分)に静まる鵜戸神社にご案内した。
岩壁沿いの狭い石段を下りて行くと砂場に出る。
岩窟の入り口をしばし見上げた先生。
「この岩窟(高さ20m、幅8m、奥行40m)は人の手によって掘られてますよ。上部を見てください。石の隅々がとがっているでしょう」 驚いた。今まで波の浸食によってできたものであると聞いていたのだが。岩窟内の赤い鳥居を過ぎると左手に岩壁が突出している。
「御社の奥まで光を取り込むことを考えれば、この壁はない方はいいのに」と先生はつぶやきながら社殿の前に立ち、入り口の方を振り返る。体を左右に揺らしながら、


「オオーッ。宮司さん見てください。壁の意味が分かりました。ここから見ると龍が浮かびますよ。なんと白龍じゃないですか」と。

言われるままその場所に立ってみた。感動に身が震えた。入り口の方の壁と突出する壁との重なるその隙間に見事な龍のシルエットが立ち昇る。
「これも五千年前の古代人が意図的にこの岩窟を掘り、そこに龍を迎えた。まさにこの岩窟は龍宮であり、龍の体内である」 先生はそう言われた。


 思えば昔からこの場所は龍の住むところと言われてきた。かつては真冬の夜、この場所にお籠りする人もおられた。更に先生曰く、 「宮司さん、この白龍に目が入ったでしょうね。一年に何日か星がきらりと光る日が」
「それじゃあ先生私は毎晩ここに通いましょうか」と言うと、 「いや五千年前の星座の位置と今の星座の位置はずれがある。だから残念ながら目の位置にしっかりとおさまることはないでしょう。しかしながら五千年前には必ずきらりと輝いていたと思いますよ」と。
 何ともロマンのある話ではないか。そこまで計算しての岩窟。そして白龍を創作したのか。古代人の信仰への強い思いと情熱を改めて感じた。思えば大御神社より東に位置する米の山には昔から龍神が祀ってある。また、大正末期には鳥居龍蔵博士が調査に入っておりその時の本も残っている。神社から西北の櫛の山は今でも龍の住む場所と言われている。龍の霊(玉)といい昇り龍といい、いずれも古代の龍神信仰を裏付けるものである。
 まだまだ書きたいことは多々あるが、未だ調査中でもありいずれ詳細をお伝えする時期が来ると思う。分かり次第お伝えしたい(今年平成24年の2月11日にはこのためのシンポジウムも行われた)。
 いずれにしても、昨年の4月より私は驚きと感動の連続だった。この国の歴史は神武天皇以来の二千七百年であると思っていたが、それを遥かに遡る時代、この地に集落があり、日々の営みと篤い信仰があったことが証明されたのだ。


 東日本大震災から丁度1ヶ月後、五千年の時空(とき)を経て甦る龍神伝説。 今日、日本列島は、いつ、どこで、どんな巨大地震とそれに伴う大津波が起こっても不思議ではないと云われている。 私たちは今こそ先史時代の人々の真直な熱き信仰の心に立ち返り、この国土の悠久と安寧を願い、ただひたすらに祈るほかはあるまい。


          平成24年5月15日 宮司記す。
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うわ〜、長くなってごめんね
僕はカケス、下の写真は”蒟蒻の花”。種から5年目に咲くらしいんだけど、まだまだ2メートルぐらいまで伸びるんだってさ。

”ひむか”も、まだまだ続くんよ