ニュースにならない出来事がニュースになった

脱サラ、脱都会、脱政治の私としては見て見ぬふりをしたいのだが、このニュースだけは日記にしるそうと思う。

2月5日、産業廃棄物処分場阻止を訴えた62歳新顔が大差で40歳の現職を破った。

1956年の以前、国策会社「新日本窒素(チッソ)」による戦後最大の有明海(熊本・鹿児島)環境汚染が発生、多くの人を奈落の底に突き落とした。「水俣病」である。
水俣病」は「公害」の原点として全世界に衝撃を与えたが、その時から50年の時を経て「水俣病」の地水俣市に、あろうことか大規模な産廃処理場計画がもちあがった。
そして市長選、争点は「産廃」である。
現職の日頃の姿勢は、
   『基本的には反対だが、政策的に中立をとっているだけ』
のあいまいさであったが、告示後には反対表明に変わった。
一方、新顔は明確に「産廃」阻止をスローガンにして当選したのである。

  • 今日、「産廃」を巡る自治体の首長選はニュースバリューが無いし、争点にもならない

結果を知り、まず考えたことは市民の「賢明さ」。
現職の「政策的中立」発言を聞いて、これは苦し紛れの方便だと直感したが、市民もみごと見抜いてしまった。
「若さと実行力」があれば何でもよいの風潮の中で、足下を見つめた市民には敬意を表したい。
そして、「産廃」は財政の面で自治体によっては積極的に誘致するところもあり、以前ほどニュースにならなくなってきている。だが、「水俣病」ー「産廃」の図式になった首長選とその結果には、次の点でニュースバリュ-が見出された。

一般的には、純粋に「産廃」問題だけであれば、現職勝利もありえるのが今日の状況であり、「思い」は別の場所に置いたまま、しがらみや金銭など目先の私利私欲や大勢で動いてしまう国民性とは決別した水俣市民。

水俣病」という歴史性、人間性を内包した地でのこの問題は、鋭い根源的な問題提起としての「産廃」になり、市民個々の全存在を賭けた、自分の生き様が問われる選挙と判断した水俣市民。

今回の結果により、水俣市民のすごさ、賢明さと同時に改めて「水俣病」が持つ重大さを知った。
今回の出来事は”犬が人間をかむ”のように、ニュースにならないあたりまえの出来事「産廃」をニュースにしてしまった。